発刊の目的

福永哲夫 (初代編集委員長)

  1. スポーツ科学は人間活動全体を包括する応用科学であり、様々な学問領域からアプローチされる。
  2. 「スポーツ科学研究」 はスポーツの科学的アプローチを対象としたあらゆる領域の論文を収録する。
  3. 「スポーツ科学研究」 はスポーツを実施し、教え、考える際の生きた道標となる事を目的に発刊される。

スポーツ科学に関する研究雑誌は少なくない。その多くは身体運動のメカニズムに関する研究を収録したものである。多くの研究がそうであるように、科学的研究とは客観性や再現性が保証されていなければならない事が多い。

一方、スポーツ現場では時々刻々変化する環境条件に心と身体が適応しながら身体運動が実施される。この場合、その変化する環境条件とそれに対応する心身の状態とを再現する事は困難な場合が多い。例えば、自己ベスト記録が10秒21である陸上選手が2度と同じタイムをだせる事が出来るとは限らない。つまり、スポーツの記録は様々な因子の複雑な作用により影響され、ベスト記録を生み出すための最適な条件は簡単に再現されるものではないからである。

さらに、野球やサッカー、ラグビー等のチームスポーツになればその因子はさらに複雑になり、科学的客観的分析に求められる再現性を作り出すことが困難になる。ここに、生きている人間が実施するスポーツ現象への科学的アプローチの困難さが読み取れる。生きている人間を対象とする学問である以上、様々な条件をコントロールすることは困難な場合が多い。スポーツ科学は人間科学でもあり、様々な領域からの科学的アプローチが求められる。

一方、個々の人間が実施しているスポーツ現象を正確に報告することは、其の研究事例が多くなればなるほど人間が実施するスポーツ現象に関わる普遍的な原理原則を抽出する事が出来るようになる。このような数多くの事例研究が集積されることが、新しいこれからのスポーツ科学を発展させることにつながるであろう。

スポーツ科学の中でも自然科学的領域では比較的条件設定が容易である場合が多いが、それでも研究のアプローチは簡単ではない。例えば、身体運動を様々な関節運動に分析し、それぞれの関節運動を科学的に分析する研究は多い。しかし、個々の関節運動の機構が明らかになったとしても、総合された身体運動のメカニズムを解明できるとは限らない。多数の関節が参加して運動が行われる場合には、単一の関節の機能の総合和ではなく、複数の関節の動きそのものがユニットして別の機能を発揮する場合が多いからである。

とはいえ、現在まで数多くのスポーツに関するデータの収集が行われ、その結果に基づき、適切なスポーツの指導や効果的なトレーニングが実施されているのも事実である。特に、近年の様々な機器の発達により、簡単にかつ正確なデータ収集が可能になっている。例えば、テレビのスポーツ中継では投手(野球)の投げた球速が瞬時に計測され、ボールの軌跡が画面上にほとんどリアルタイムで現され、毎秒5000コマでの高速度ビデオでボールとバットのインパクトの瞬間が映像化されている。

このようなスポーツに関する情報はテレビ等を通じて氾濫している。それぞれの情報は大変興味あるデータとして捉えられているが、そのデータは殆どがその場限りで捨てられる場合が多い。

上記の例に見られる様に、様々なスポーツに関する事象が数多く記録されているはずにも関わらず、そのデータや情報がスポーツ科学の研究論文として研究誌などに掲載されているのはまれであると言えよう。小学校から大学まで、さらに、社会におけるスポーツ教室まで、スポーツ教える教育の現場においてもこのことは当てはまる。様々な指導法や練習方法が考案されているにもかかわらず、その結果が研究論文として発表されているのは極めて少ない。

「スポーツ科学研究」は、スポーツ事象に関わる様々な現象を論文として収録しようと企画された研究雑誌である。従って、グランドや体育館で実施されているスポーツ現場の指導やトレーニングの具体的な例などに関する論文を数多く収録していきたいと考えている。例えば、特別な選手に関する例外的なデータであっても、そして、そのデータを普遍化するための統計的手法などがとられていなくても、掲載していきたいと考えている。

前述のように、そのような具体例に関する論文が数多く収録されることから、スポーツ事象に関する客観的科学的事実が生まれてくることが期待されるからである。つまり、多くのスポーツに関わる人たちによるスポーツ現場の具体例の積み重ねにより、生きている人間の行うスポーツ活動に関する生きた科学が生まれてくることを確信しているからである。

「スポーツ科学研究」は早稲田大学スポーツ科学部により出版されるが、投稿は自由で誰でも可能である。編集方針として、スポーツ科学に関するあらゆる分野の論文に対しても査読を行いより良い論文としての価値を高める予定である。また、オンラインジャーナルとして投稿から出版までの時間を出来る限り短縮する予定である。「スポーツ科学研究」に全国のスポーツに関わる人々の論文が集積され、スポーツ現場に利用されることを期待するものである。■